【自動車ドアモジュール工場のMPS 5】最適化AIのROIを試算する

2026.07.29A1:生産計画・スケジューリング , S07:Auto MPS: 基準日程生産計画を最適化したい , S08:金型や治具を使う工程で納期遅れと段取りを最少化したい

「数字で話せないと、稟議は通らない」

東海工場の会議室に、笠原工場長と今岡さんの声が響いていた。

「今岡さん、MPS(基準日程生産計画)の最適化AIを入れたとして、実際どのくらい効果が出るんだろう。感覚じゃなく、数字で整理したい」

今岡さんはノートPCを開きながら答えた。「私も試算してみたんですが、意外と積み上げると大きいんですよね。まず在庫から始めてもいいですか?」

ROIの試算、始めます。

Δ在庫コスト:年間約2.7億円の削減

東海工場の現在の在庫金額は80億円。売上400億円の20%が在庫に眠っている状態です。

この膨らんだ在庫の根本原因は二つあります。一つは副産物同時生産の問題。左右一体取り金型のプレス加工や、多数個取り金型の射出成形では、左ドア用部品を作ると右ドア用部品も必ず出てきます。両方の需要が揃わないまま生産すれば、片側だけが過剰在庫になっていく。もう一つはSPの不均一需要。約600品番のサービスパーツは需要のバラつきが大きく、安全在庫を固定日数で設定すると必ずアンバランスが生じます。

セット品(ペア品)マスタを設定して副産物の対称需要を制御し、安全在庫を動的な在庫日数設定に切り替えることで、在庫は80億円→65億円(約19%削減)が見込めます。

ここで在庫保有コスト率を確認しておきましょう。一般に語られる「倉庫代」だけでは実態を見誤ります。製造業の在庫保有コストは資本コスト(金利)、倉庫・保管費、品質劣化・廃棄リスク、管理人件費を合算すると、年率15〜20%が国際的な目安とされています(国内の実態調査では20%超の事例も報告されています)。自動車部品Tier1として金属部品中心・陳腐化リスク中程度と見て、18%を採用します。

Δ在庫コスト = 削減在庫金額 × 在庫保有コスト率
            = 15億円 × 18%
            = 約2.7億円/年

「80億円の在庫を持ち続けることは、毎年14億円のコストを静かに消費している、という感覚が必要ですね」と今岡さんは言葉を添えた。

Δ残業コスト:年間約0.5億円の削減

現場作業者1,000名の残業コスト削減は、慎重に試算する必要があります。OEM内示の週次変動や量産・SPの混在による計画崩壊が引き起こす計画外残業・休日出勤が、削減の対象です。

ただし「全員の残業がなくなる」というのは非現実的です。設備稼働や季節変動による合理的な残業は残ります。今回は計画精度起因の非効率な計画外残業に限定し、2%削減を想定します。

年間残業費(推定) = 1,000名 × 月3万円(残業費平均) × 12ヶ月 = 36億円
Δ残業コスト = 36億円 × 2% = 約0.7億円/年

さらに負荷平準化による効果を加味します。現状は月末に帳尻を合わせる運用のため、月末の週だけ突発的な2直・休日出勤が発生しがちです。日次での需給バランス計画生産ロットサイズの最適化によって、月初から平準化された計画で工場稼働ができれば、この波動コストが抑えられます。合計して約0.5〜0.7億円/年を効果として見込みます。

Δ計画作成コスト:年間約0.6億円の削減

東海工場では計画担当8名が週25時間(200時間/週)を計画業務に費やしています。計画精度は約70%。残りの30%が毎週「計画変更・緊急対応・仕入先/出荷先との調整」として積み上がっていきます。

最適化AIの導入で200時間→80時間(60%削減)、緊急対応件数を週10件→3〜4件に抑えることを目標とします。

計画担当者1名の人件費(推定) = 年800万円(残業・管理費含む)
削減工数率 60%
Δ計画作成コスト = 800万円 × 8名 × 60% = 約3,840万円/年
              ≒ 約0.4億円/年

さらに緊急対応に伴う社外調整コスト(輸送手配、サプライヤーへの特急依頼など間接費)を含めると、約0.5〜0.6億円/年のレンジに入ります。

笠原工場長がうなずく。「正直、今は担当者が対応に追われて本質的な改善ができていない。そのロスが大きいんだよ」

Δ外注コスト:年間約0.5億円の削減

計画精度の低さは緊急外注の発生に直結します。週次サイクルの遅れが引き起こす欠品リスクを外注でカバーする構造です。

年間外注費(推定) = 10億円
計画外外注の比率 = 10%(1億円)
そのうち計画精度起因 = 60%(6,000万円)
削減率(日次計画による改善) = 70%
 
Δ外注コスト = 1億円 × 60% × 70% = 約4,200万円/年
           ≒ 約0.4〜0.5億円/年

週次サイクルから日次サイクルへの移行がポイントです。1週間後の計画しか見えていなければ、欠品予兆を掴む前に問題が顕在化します。日次で需給バランスを更新できれば、計画的な先行生産や段取り調整で外注費の発生そのものを抑えられます。

Δエネルギーコスト:年間約0.2〜0.3億円の削減

ボトルネックであるプレス工程と射出成形の負荷平準化によって、電力・エア・工場用水などのユーティリティコストを削減できます。

月末の突発的な2直・休日稼働が解消され、定時稼働率が向上すると、ピーク電力デマンドの低減(電気料金のデマンドチャージ削減)と、非効率な時間外稼働時のエネルギーロスが抑えられます。

年間エネルギー費を推定5億円、削減率5%とすると約2,500万円/年。数字の規模感から「軽微」とは言い切れないため、試算に算入します。

Δ停止コスト:年間約0.2億円の削減

在庫上下限の日々更新によって、サブアッシーラインへの部品供給不足(ライン停止)リスクが低減します。

年間ライン停止時間(推定) = 500時間
そのうち計画品質起因 = 15%(75時間)
ライン停止の損害額 = 50万円/時間(机上試算)
削減率 = 60%
 
Δ停止コスト = 75時間 × 50万円 × 60% = 約2,250万円/年
           ≒ 約0.2億円/年

設備投資ロスの抑制:参考値として

ボトルネック設備(トランスファープレス:1台3〜8億円)の稼働率が向上すると、「増設しなくてもよかった」という投資回避が生まれます。これは直接のコスト削減ではなく投資回避額のため、他のΔコストと同列に足し算せず、参考値として記載します。

参考:プレス増設1台(5億円)が回避できれば、5年償却で年間1億円相当のキャッシュフロー改善に相当します。

リターン値の合計

コスト項目削減額(年間推定)
Δ在庫コスト2.7億円
Δ残業コスト0.6億円
Δ計画作成コスト0.6億円
Δ外注コスト0.5億円
Δエネルギーコスト0.3億円
Δ停止コスト0.2億円
合計(年間リターン)≒ 4.9億円/年

約5億円/年、ですか」と笠原工場長は少し間をおいた。

「そうです。あくまで推計値ですが、各数字には根拠があります。在庫削減だけで全体の過半数を占めていることも、一つの気づきだと思います」

「在庫を持つコストって、思っていた以上に大きいんだな」

今岡さんはうなずいた。「保管費の請求書しか目に入らないと、実態の3分の1も見えていないんです。資本コストや廃棄リスクを含めると、在庫はじっとしているだけでお金を使い続けているんです」

自社の数字で試算するために

今回の試算は、東海工場の工場プロファイルをもとにした推計です。読者の皆さまが自社で試算する際は、以下の数字を確認してください。

  1. 現在の在庫金額と想定削減率(副産物・SP比率から)
  2. 在庫保有コスト率(倉庫費だけでなく、金利・劣化・管理費を含めた実態値)
  3. 計画担当者の総人件費と計画変更・緊急対応に費やしている時間比率
  4. 年間外注費と、そのうち計画起因の緊急外注比率
  5. ボトルネック設備の稼働率と停止損害額

これらを埋めれば、今回の試算式はそのままご利用いただけます。

あなたの工場では、今この瞬間も在庫が静かにコストを生んでいます。
 「在庫80億円の18%」という数字を、自社の数字に置き換えたとき、何が見えてくるでしょうか?

タグ : ROI試算 セット品マスタ 副産物同時生産 在庫保有コスト 在庫削減 外注コスト削減 投資対効果 残業コスト 計画精度 負荷平準化
The following two tabs change content below.

高橋邦芳 + Asprovaコンサルティングチーム + 生成AI