【ワイヤーハーネス工場のMPS 5】最適化AIのROIを試算する
2026.07.17A1:生産計画・スケジューリング , S07:Auto MPS: 基準日程生産計画を最適化したい
「うちの工場で本当に効くのか」——その問いに、数字で答えよう
最適化AIの話を聞くたびに、笠原工場長はいつも同じ疑問を抱いていました。「理屈はわかる。でも、うちの工場で具体的にいくら浮くんだ?」
ある月曜の朝、工場棟に隣接する会議室。笠原さんと生産計画担当の今岡さんが、A3の試算シートを広げてホワイトボードの前に立っていました。窓の外では①電線切断から順に6工程のラインが動き始めています。「今日こそ、感覚じゃなくて数字で決着をつけましょう」——今岡さんがマーカーを手に取りました。
売上1,500億円、品番数3,500、工程数6、ボトルネックは④配線組立工程(作業者40名、段取り時間45分)——その試算の過程をそのままお伝えします。
まず「痛みの構造」を整理する
今岡さんが最初に言ったのは、「週次のOEM内示が変わるたびに、計画を全部やり直しているんです」という一言でした。
数量だけでなく仕様も変わる。車種×グレード×仕向地×年式×オプションでSKUが爆発し、1日に生産できる品番数では全品番をカバーできない。結果として、適正在庫が切れた品番は欠品になり、慌てて緊急外注をかける。一方で内示が落ちた品番は過剰在庫になって倉庫を圧迫する——この「追従遅延の連鎖」が、コスト悪化の根源でした。
笠原さんは「在庫金額が売上の10%、つまり150億円ある。これが問題の大きさだよ」と静かに言いました。
今岡さんはホワイトボードにReturn計算式を書き始めました。「まずここから整理しましょう」。
ホワイトボードに書いた「Return計算式の一覧」
| # | 項目 | 計算式 | 前提・考え方 |
| ① | Δ在庫コスト | 在庫金額 × 削減率 × 在庫保管コスト率 | 削減した在庫金額に保管コスト率を乗じて年額化 |
| ② | Δ残業コスト | 年間残業費 × 残業削減率 | ボトルネック工程の作業振り分け+平準化で残業削減 |
| ③ | Δ計画作成コスト | 計画担当者人件費 × 調整ロス削減率 | AIによる計画業務改善で間接コストを削減 |
| ④ | Δ外注コスト | 年間外注費 × 計画外比率 × 計画精度起因率 × 削減率 | 標準工程外注は対象外。計画外外注のみが削減対象 |
| ⑤ | Δエネルギーコスト | 年間エネルギー費 × 削減率 | 定時外・休日稼働削減+平準化+ロット最適化で削減 |
| ⑥ | Δ停止コスト | 停止時間 × 計画品質起因率 × 損害額 × 削減率 | 現場起因の停止は対象外。計画品質起因分のみ |
「外注費は全体の削減率を掛けたらダメです。標準工程の外注は計画精度が上がっても減りませんから」——今岡さんが④の欄を指差しました。笠原さんは少し考えてから、「確かにそうだな。そこを間違えると、経営会議で突っ込まれる」と言いました。
KPIごとに「Return」を試算する
①Δ在庫コスト——「まず7%」から始める現実的な削減シナリオ
動的最適化によって安全在庫を在庫日数で設定し、週次・日次で需要変動に合わせて上下限を自動更新します。「初年度の在庫削減率7%」は、大胆な目標ではなく、仕組みを整えながら確実に刈り取れる保守的な数字として設定しました。品番数3,500のうち、回転率の低い品番から順に適正在庫を引き締めるだけでも、この水準は十分届きます。
| 削減される在庫金額=150億円 × 7% = 10.5億円 |
| Δ在庫コスト=10.5億円 × 8%(在庫保管コスト率)= 0.84億円/年 |
在庫保管コスト率8%には、金利・倉庫費・劣化ロス・管理費が含まれます。7%という数字は控えめに見えますが、在庫金額150億円という規模では0.84億円/年の固定費削減を意味します。計画精度が安定してきた2年目以降に削減率を引き上げていく「段階的アプローチ」が、現場の混乱を抑えながら成果を積み上げる現実解です。
②Δ残業コスト——ブリッジ生産と負荷平準化で20%削減
現在、月末に帳尻を合わせる運用では、月の後半に作業が集中し、作業者100名の残業・休日出勤が常態化しています。負荷平準化によって月初から計画的な2直シフト(日勤/夜勤)・先行生産が可能になれば、残業コスト20%削減は現実的な数字です。
| 年間残業費の推計=現場100名 × 平均年収600万円 × 残業比率15% = 9.0億円 |
| Δ残業コスト=9.0億円 × 20% = 1.8億円/年 |
特にボトルネックの④配線組立工程では、段取り時間45分の圧縮と作業振り分けの最適化が効きます。40名の作業者をムダなく動かすだけで、年間1億円規模の効果が出ます。
③Δ計画作成コスト——調整業務を50%削減する
今岡さんに「1週間のうち何割が計画変更の調整ですか」と聞いたところ、「正直、6割以上です」という答えが返ってきました。OEM内示の変更連絡、仕入れ先への発注変更、出荷先への納期回答——これらの調整ロスは膨大です。
| 計画担当者の人件費推計=専任4名 × 800万円 = 3,200万円 |
| Δ計画作成コスト=3,200万円 × 50% = 1,600万円/年 |
この試算は人件費の削減ではなく、付加価値業務への転換による「機会コストの回収」と読んでください。
④Δ外注コスト——「計画外外注」だけを対象に、正直に試算する
ここで一つ、重要な整理をしておきます。標準工程として組み込まれている外注工程は、計画精度がどれだけ向上しても削減されません。必ず通る工程だからです。削減の対象となるのは、工程負荷が過剰になったときに内作工程を急遽外注に回した「計画外外注」のみです。
計画外外注が発生する背景は、OEM内示の週次変動への追従遅延や、ボトルネックである④配線組立工程の負荷集中です。計画精度が上がり負荷平準化が実現すれば、この「やむを得ない計画外外注」を大幅に抑制できます。
| 年間外注費推計=売上1,500億円 × 外注比率3% = 45億円 |
| 計画外外注費=45億円 × 10% = 4.5億円 |
| うち計画精度起因=4.5億円 × 60% = 2.7億円 |
| Δ外注コスト=2.7億円 × 70%削減 = 1.89億円/年 |
「年間外注費の20%削減」という大きな数字より随分と控えめです。しかしこの試算の方が、現場の実態に正直です。計画外外注の比率10%・計画精度起因60%・削減率70%——それぞれの根拠を説明できる数字でなければ、経営会議では通用しません。
⑤Δエネルギーコスト——平準化稼働で設備の無駄を削る
月末集中稼働では、深夜帯の電力ピーク使用・突発的な設備全開稼働が発生します。計画的なブリッジ生産と2直シフトにより、電力・エアー・工場用水のユーティリティ費が平準化されます。
| 年間エネルギー費推計=売上1,500億円 × エネルギー費率0.8% = 12億円 |
| 削減率想定=5%(平準化効果) |
| Δエネルギーコスト=12億円 × 5% = 0.6億円/年 |
効果は比較的軽微ですが、継続的な積み上げとしては無視できません。
⑥Δ停止コスト——在庫上下限の管理でライン停止を防ぐ
欠品によるライン停止は、ワイヤーハーネス工場では「1時間止まると数千万円の損害」になる場合があります。在庫の上限・下限を日々再計算し、需給バランスを動的に管理することで停止リスクを下げます。
| 年間停止時間推計(全体)=月2回×2時間×12ヶ月 = 48時間 |
| うち計画品質起因(15%)=48時間 × 15% = 7.2時間 |
| ライン停止損害額=1,000万円/時間(機会損失+調整費) |
| 停止時間削減率=50% |
| Δ停止コスト=7.2時間 × 1,000万円 × 50% = 0.36億円/年 |
⑦設備投資の先送り——数字には載せないが、無視できない効果
ボトルネック工程の稼働率が上がれば、「能力不足だから設備を増やす」という意思決定を見直せます。段取り時間45分の削減と負荷平準化によって、現在の設備で10〜15%多くの生産量を捌けるようになれば、数億円規模の設備投資を先送りできる可能性があります。ただし「投資しなかった」は会計上の利益ではないため、今回のReturn試算には含めていません。経営判断の材料として、別途検討する性質の効果です。
Return値の合計——笠原さんの工場で出る数字
| 項目 | 試算値(年額) |
| Δ在庫コスト | 0.84億円 |
| Δ残業コスト | 1.8億円 |
| Δ計画作成コスト | 0.16億円 |
| Δ外注コスト | 1.89億円 |
| Δエネルギーコスト | 0.6億円 |
| Δ停止コスト | 0.36億円 |
| Return合計 | 約5.65億円/年 |
試算後、笠原さんはしばらく黙って数字を眺めてから、こう言いました。「外注費、思ったより少ないな。でも確かに、標準工程の外注は計画精度が上がっても減らない。計画外の分だけが対象というのは正しい整理だ。残業と在庫と計画外外注、この三つを地道に改善していくということか」——その通りです。
在庫削減率7%という数字は「小さい」のではなく「誠実」なのです。品番数3,500、SKUが爆発した超多品種工場で、いきなり大きな数字を掲げても現場はついてきません。まず初年度の目標を確実に達成し、その実績をもって次の削減目標を設定する——これが持続可能な改善の進め方です。
最大の効果は計画精度の向上から連鎖的に生まれます。精度が上がれば計画外外注が減り、残業が減り、ライン停止が減る。在庫削減はその「結果として後からついてくる」という順番を、笠原さんも今岡さんもよく理解していました。すべての改善は「需給バランスの動的最適化」という一点に収束しているのです。
「自社の数字」で試算するための3つのポイント
今岡さんが試算をまとめながら言ったのは、「数字を入れてみると、どこが一番痛いか、改めてわかりますね」という言葉でした。
ROI試算で押さえるべきポイントは3つです。
第一に、在庫削減率は「初年度に達成できる現実的な数字」から設定すること。 多くの工場で在庫保管コスト率は6〜12%の間にあります。削減率7%でも在庫が大きい工場では無視できない金額になり、2年目・3年目の積み上げで効果は倍増します。
第二に、外注費の内訳を「計画的外注」と「緊急外注」に分けること。 緊急外注の比率が高い工場ほど、計画精度向上による削減余地があります。
第三に、ボトルネック工程の段取り時間と残業実態を数値化すること。 感覚で「忙しい」と言っているうちは、改善の根拠になりません。
あなたの工場の「痛み」は、どの項目に一番反応しましたか?
在庫150億円、外注費45億円、残業費9億円——笠原さんの工場の数字は、決して特殊ではありません。エンジンハーネスを中心とした超多品種生産の現場であれば、似たような構造を持つ工場は多いはずです。
動的最適化が生む効果は、「計画が楽になる」という定性的な話ではありません。在庫削減率・外注費削減率・残業削減率という具体的な数字に置き換えることで、はじめて経営者への説明責任を果たせます。在庫削減率は7%から始めて構いません。大切なのは、初年度に確実に達成できる数字を積み上げ、実績で次の目標を語ることです。
あなたの工場では、今回の7項目のうち、どのΔが最も大きく動きそうですか?そして、その数字を経営会議の場に持ち込む準備は、もうできていますか?
次回【ワイヤーハーネス工場のMPS 6】では、最適化AI導入ステップと成功のポイントを解説します。
高橋邦芳 + Asprovaコンサルティングチーム + 生成AI
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