【ワイヤーハーネス工場のMPS2】課題
2026.07.17A1:生産計画・スケジューリング , S07:Auto MPS: 基準日程生産計画を最適化したい
「また内示が変わった——」月曜の朝、今岡さんのため息
月曜の朝8時。生産計画担当の今岡さんは、画面を見つめたまま小さくため息をついた。
「笠原さん、すみません。OEMから週次のOEM内示変動が入りました。先週確定したはずのエンジンハーネス、品番3512と3518、来週分がそれぞれ30%増と20%減です」
工場長の笠原さんは腕を組んだ。「また変わったか。先行生産分は?」
「3512は3日分しかありません。3518は逆に積み上がっています」
これは、ある月曜の朝の一幕だ。しかし笠原さんにとって、これは「ある月曜」ではない。毎週繰り返される、慢性的な現実である。
週次変動に追われ続ける現場の疲弊
笠原さんの工場では、約3,500品番のエンジンハーネスを100名の作業者で生産している。工程は①電線切断→②端子圧着→③カプラ挿入→④配線組立→⑤結束・テーピング→⑥導通検査の6工程だ。
問題は、OEMのOEM内示変動が週次で繰り返されることにある。数量だけではない。仕様まで変わる。「今週確定」と言われた内示が、翌週にはまた書き換えられる。これが積み重なると、工場の需給バランスは慢性的に崩れ続ける。
欠品を恐れて在庫を厚く持てば、在庫が積み上がる。逆に在庫を絞れば、突然の増産要求に追いつけず欠品リスクが跳ね上がる。この「欠品と過剰在庫のシーソー」から、笠原さんの工場はまだ抜け出せていない。
「結局、安全を取って多めに持つしかない、という結論になるんですよね」と今岡さんは続ける。「でも月末になると在庫が膨らんで、また上から言われる。どうしろというのか……」
「在庫日数」という視点が、なぜ必要なのか
現状の安全在庫の設定は、過去の実績をベースにした固定値だ。「この品番は100個持つ」という形で登録されているものが多く、需要の変化に対して動的に追従できていない。
今岡さんが本当にやりたいのは、こうだ。
「安全在庫を『個数』ではなく『在庫日数』で持ちたいんです。翌週の需要を1日あたり換算した数量を1日数として、必要な日数分を確保する。需要が増えれば自然と安全在庫も増え、需要が減れば安全在庫も自動的に圧縮される。これが日次再計画と組み合わされば、欠品ゼロを守りながら平均在庫を削れるはずなんです」
この考え方は理にかなっている。固定値の安全在庫は、過去の平均需要に合わせた設計だ。しかし需要が週次で揺れる環境では、固定値の安全在庫は「常に過剰か、常に不足か」のどちらかになりやすい。
「在庫日数で動的に設定できれば、欠品は絶対に避けながら、平均在庫は今より確実に圧縮できると思います」と今岡さんは静かに、しかし確信を持って語る。
超多品種化が「適正在庫」を幻にする
営業担当の國分さんが会議室に入ってきた。「笠原さん、新しい車種の追加オプション対応で、来月から品番が80個増えます。仕向地違いと年式違いで、それぞれ4バリエーション出る見込みです」
笠原さんの眉が少し曇った。「また増えるか」
これが超多品種化の現実だ。車種×グレード×仕向地×年式×オプションの掛け合わせで、SKUは雪だるま式に膨らんでいく。3,500品番というのは今日の数字であり、来月には変わっている。
問題は品番数だけではない。1日に生産できる品番数には物理的な上限がある。品番が増えれば、必然的に「今日は生産できない品番」が出てくる。生産できない日が続くほど、適正在庫を維持するための先行生産が必要になる。しかし先行生産をするためのキャパシティは、目の前の受注生産で埋まっている。
「先行生産をしたくても、タイミングが取れないんです」と今岡さんは言う。「計画的な先行生産をするためには、いつ、何を、どれだけ作るかの需給バランス計画と、工程への負荷配分を同時に考えないといけない。でも今のExcel計画ではそこまで回らなくて……」
ボトルネックの④配線組立が、月末に爆発する
ベテランの上村さんが口を開いた。「笠原さん、今月も月末の配線組立、かなり厳しいですよ。今の積み上がりだと、月末の2週で残業が集中します」
笠原さんはうなずいた。「また月末集中か」
ボトルネック工程は④配線組立だ。作業者40名が従事し、段取り時間は1回あたり45分かかる。品番切り替えのたびに45分が失われる。3,500品番をこなすには、品番の投入順序が工数に直結する。
問題は、月の前半に計画が甘くなり、後半に帳尻を合わせようとして月末に負荷が集中するパターンだ。これが「月末集中残業」の構造的原因である。
「月の前半に余裕があるように見えるのは、後半の計画が曖昧なせいなんです」と上村さんは続ける。「本当は前半にもっと平準化して生産しておけば、月末の突貫を避けられる。でも今の計画では、1ヶ月分の負荷平準化を見通せないから、気づいたときには手遅れになる」
この負荷平準化の失敗は、単なる残業代の問題ではない。月末集中は品質リスクも高める。疲弊した作業者は、ミスを起こしやすい。導通検査での不良摘発が月末に増えるのは、笠原さんの工場だけの話ではないだろう。
MPS(中日程計画)に本当に求められていること
今岡さんが整理した課題は、大きく二つある。
一つ目は、需給バランスの動的最適化だ。
毎日の日次再計画によって、品番ごとの安全在庫を在庫日数で動的に設定する。欠品ゼロを守りながら、平均在庫を圧縮する。生産ロットサイズの最適化も、需要量に連動させて柔軟に変える。在庫の上限・下限を計画的にコントロールすることで、「欠品か過剰か」のシーソーから降りる。
二つ目は、ボトルネックへの負荷平準化だ。
④配線組立に対して、月単位ではなく週単位・日単位で負荷を見通し、計画の前倒しと後ろ倒しを動的に行う。段取り時間45分という制約を考慮した上で、品番の集約・順序最適化を計画レベルで行う。月末に帳尻を合わせるのではなく、月初から負荷平準化された計画で動く。
そしてもう一段深い課題として、詳細スケジューリングがある。MPSがボトルネック工程全体の最適化を担うとすれば、詳細スケジューリングはその中での「投入順序の最適化」「品番切替の最小化」「工程順序の整流化」を担う。この二層構造が揃って初めて、工場全体の生産性は本当の意味で上がる。
「課題は分かっている。でも解けていない」
会議室を出る際、笠原さんはつぶやいた。「問題は分かってるんだよな。でも、どう解くかが……」
それがこの工場の正直な現在地だ。OEM内示変動に振り回され、超多品種化に追いつけず、ボトルネック工程の負荷平準化もできないまま、現場は毎週同じ構造の問題を繰り返している。
在庫日数による動的な安全在庫設定、日次再計画による需給バランスの継続的な見直し、生産ロットサイズの最適化——これらは個別の改善ではなく、MPSという計画システムの中で一体的に解かれなければならない問題だ。
あなたの工場では、今週の内示変動に、今日の計画で追いつけていますか?月末の残業が「どうしても避けられないもの」として、すでに諦められていませんか?
次回は、これらの課題に対してどのような計画アプローチが有効か、具体的な考え方を掘り下げます。
高橋邦芳 + Asprovaコンサルティングチーム + 生成AI
最新記事 by 高橋邦芳 + Asprovaコンサルティングチーム + 生成AI (全て見る)
- 【ワイヤーハーネス工場のMPS 3】最適化AIが必要な理由 - 2026年7月17日
- 【ワイヤーハーネス工場のMPS2】課題 - 2026年7月17日
- 【ワイヤーハーネス工場のMPS 1】基礎知識〜クルマを動かす「血管」と、それを効率よく作るための計画術~ - 2026年7月17日

【ワイヤーハーネス工場のMPS 3】最適化AIが必要な理由
【ワイヤーハーネス工場のMPS 1】基礎知識〜クルマを動かす「血管」と、それを効率よく作るための計画術~
【プレス加工工程のAI生産スケジューリング 3】解決策 ~ 納期を守りながら段取りを最小化する、生産スケジューラという発想
【電動アクチュエータのAI生産スケジューリング 5】失敗しない導入 ~ 不安を解消し、スモールスタートで着実に始める進め方
【ワイヤーハーネスのAI生産スケジューリング 5】失敗しない導入 ~ 一工程から始める進め方
基準日程生産計画(MPS:Master Production Schedule)