自己組織化/複雑系

「気が付いたらトヨタ方式ができていた」という大野耐一氏の言葉は「創発」である。サプライチェーンマネジメントもそのうち、そうしたグローバルレベルでの効果が出る可能性がある。そのキーになるのが複雑系、自己組織化である。


 複雑系としての現象を理解するためのモデルに、自己組織化現象がある。複雑系の構成要素のモデルをエージェントといい、エージェントの行動ルールがエージェントの相互作用で自己組織化されて、より上位のシステムで思いがない行動を生む。この思いがけない行動(エマージェントビヘイビアー)が、日本語では深い読みが必要な「創発」と訳されている。
 複雑系の研究で有名なモデルをボイドと呼び、それにはたとえばコンピュータ画面で飛ぶデジタルバードがある。鳥の群れを研究するときの従来の仮説は、群れのリーダーとなる鳥がいて何らかのコミュニケーション信号を発している、というものであった。このような中央制御システムのモデルをいくら精巧に設計しても、現実の鳥の群れのような、整然としたリアルな群れ飛行は再現できなかった。それがただ三つのボイドの行動ルールを設定することで、現実の鳥の群れと同じボイドの群れが出現した。その三つのルールに必要な制御情報は、周辺の数羽のボイドの動きと全体の重心の動きの情報のみである。物理現象でも、水蒸気がハリケーンに変わるための熱力学・流体力学の非線型ダイナミックスは相変移する臨界温度のみであり、またDNA(遺伝子情報体)や細胞のエネルギー代謝や物的代謝によって自己組織化される生命現象も、同じアナロジーでの複雑系の創発現象といえる。
 経済も生命と同じように、企業(生産者、流通業者)と消費者をエージェントとした複雑系のモデルで説明できるという。サプライチェーンのエージェントは、各オペレーションを実行する人や設備やトラックなどの資源である。そのオペーレーションのボトルネックに合わせた同期化のルールと、ボトルネックを改善するルール化が組織文化の中に組込まれると、連続的に進化・改善するジャストインタイムのシステムが自己組織化される。トヨタのジャストインタイムの大野耐一氏の「気が付いたらトヨタ方式ができていた」の発言は、エマージェントビヘイビアー(創発)そのものである。米国の生産台数の一〇分一しかない日本の自動車産業が、生き残りをかけてキャッシュフローを上げるために、リードタイム短縮という行動ルールを設定することから生まれた自己組織化といえなくもない。
 サプライチェーンマネジメントも企業間を越えてメーカーや流通業者を巻き込み、情報技術を駆使したオペレーションルールを設定することが、もしかしたら想像を越える生命力のあるグルーバル企業を生むかもしれない。なにしろ、エマージェントビヘイビアーは、複雑系のキーとなるコンセプトである。