LONDON to CAIRO 自転車の旅 1982/8/7~8/8

<<戻る| 8/7~8/8 |次へ>>

ITALIA



8/7
 8:20にキャンプ場を出る。
 シエナはすばらしいところだ。昔の街がそのまま残っている。街は進歩を知らないという感じだ。
 高速道路も遠くを走っている。みんな歩いて街を回る。
 なんで進歩する必要があるのだ。昔のままがいちばんいいではないかと語りかけてくるような街である。
 シエナを出ると、アップダウンが続く。いつの間にか黒い雲がたちこめ、風が強くなってきた。雷が鳴り出した。この辺は街があまりない。
強い風の中をやっとたどり着いた。カフェで長い休みを取る。
雨が降り出してきた。夕方のように暗い。あすの昼ごろまでにROMAにつくのはちょっと無理かもしれない。こんな中を走るのはいやだ。アメリカでの悪い思い出もある。
CAFEにいた人がカフェオレを飲ましてくれた。雨はやまない。
今度はほかの人がカフェオレを飲ましてくれた。グラッチェ。
きょうはここで終わりかもしれない。カナダから来たというサイクリストがこの近くにある空き家でとまるというので一緒に行こうか思う。本当はここのホテルにとまりたい気がある。シャワーもあびたいし、すこし洗濯もしたい。
ここのカフェの人にMilanoで自転車を盗まれたことをカナダ人が通訳すると、みんなわらうだけだった。
それは間の抜けたことをしたもんだといわんばかりに、にやっと笑う。とられる方がトロイんだっていう考え方だ。
 17:30ごろやっと雨はやむ。かのカナダ人ロナルドも行くというので、先を急いだ。19:00ごろ道の脇にテントをはることにして、Supperとなる。僕はなにももっていなかったので、途中で何かをかいたかったが、街は一つも通らなかった。そこで彼の持っている食糧で夕食とすることになってしまった。
 トマトとニンジンとガーリックをいれたスープ(フルーツスープ)をつくり、パンを食べる。イタリアではパンのことを、パン又はパンネというらしい。そのほかチーズとかサラダもごちそうしてくれた。僕の持っていたのは、ジャムと紅茶だけだった。スープがうまかった。

食:3600 カフェ:350 ピーチ:500
ROMA
8/8
 朝8:20に出発。ロナルドとはじめの街で朝食を食べ、別れる。
 また、雨が降ってきた。サンドイッチを食べる。うまい。すごいハムがはさんである。日本ではなかなか食べれない。
MontefiasconeはFestaのようだ。広場に人がいっぱいいる。なかなかいいところだ。
 Viterbo、Sutriとどんどん走るが、日曜なのでマーケットが全く開いていない。仕方なくBarでカフェ(カプチーノ)とパンとビスケットを買い食べる。カフェではビスケットやポテトチップスを売っているところが多い。石鹸やひげそりなども売っていたりする。
 どんどん走り、ローマに入る。POPOLO広場というところにまずつく。
日本人の女の子があとからきて、めずらしがられる。
 次にベネチア広場へいき、また日本人にあう。ミュンヘンで勉強をしているらしい。『親のすねをかじっているんだね』というと、『今のうちですからね』と答えたが、もう25歳ぐらいなのではないだろうか。
 宿を取るために駅の方へ行く。安いペンションがあるという駅を出て右側のいったいである。 そこで、宿を探している日本人にあう。結局一緒にとまることになった。
 25000リラで二人(ツイン)の部屋をとった。夕食は駅のセルフサービスで4000リラのワインを一本彼におごってやった。なにしろ、電車の中で荷物を盗まれたとかで、かなり疲れていたみたいだ。

 ジュース+くつひも:1400 カフェ+パン:1300 サンドイッチ:1000 朝:1050 ハンバーガー+カプチーノ+アイスクリーム:1800 フルーツ:1500 ビール:2000 ワイン:4000 夕食:1300 泊:12500

【Montefiascone】

【ポポロ広場】

【ベネチア広場】

<<戻る| 8/7~8/8 |次へ>>

アスプローバへのお問合せ