ザ・ゴール

工場経営の危機を立て直す経過を書いた小説の名前。立て直しの最終目標は「メイクマネー」。サプライチェーンマネジメントの本質をついている。


 TOC(制約理論)の生みの親であるエリヤフ・ゴールドラットの小説の書名が『ザ・ゴール』。工場経営の危機に面して、立て直しのために任命された新任の工場長、アレックス・ロゴが、何を目標(ゴール)にして経営再建を図ったらいいのか思案した結果、最終的に最も単純な言葉「メイクマネー」に行き着いた。この小説は全世界で二五〇万部売れたといわれるベストセラーで、米国の製造業を眠りから醒ましたとか、これをヒントにしたコンピュータソフト市場が、サプライチェーン(SCM)ソフトとして急成長しているとかという評価を受けている。TOCは米国製造業のホットなテーマとして主流になっており、コンストレイントベース(制約ベース)のサプライチェーンマネジメントの理論的根拠ともなっている。
 小説『ザ・ゴール』は、TOCベースのサプライチェーンマネジメントの手順書ではなく、借りものの理論に頼らず自分達の頭で経営を立て直すドラマとして、問題解決の方法論をリアルに描写しているところに大きな価値がある。つまり、問題を記述するプロセスや現象をモデリングするプロセスに、この小説の最大のおもしろさがある。それは理論化され、手順化されたTOCの形式知を理路整然と述べたものではない。工場の存亡をかけた戦いの中で、不安定な心理状態の中で生き残りのための行動を起こさざるを得ない状況で、いかにして危機を切り抜けたかということにある。どんな経営問題にも処方できる万能薬などはない。学問としての経営学において米国が世界の最高水準にありながら、製造業の世界で常識となっている多くのルールや方法論とはまったく違うアプローチをとって、工場経営の立て直しに成功したと、同書は述べている。
 既存のエスタブリュシュ、(理論化)された考え方に挑戦し、パラダイムシフトを起こすようなテーマで書かれた同書の考え方も、TOCなどによって形式知化され新しいパラダイムになったとき、いずれ同じように挑戦を受けるようになるであろう。同書の和訳はないが、それを引用しつつ複雑系の視点から私は、「サプライチェーンマネジメント」を、一九九八年三月に上梓した。