生産スケジューラのAsprova
 
トップ会社情報お知らせ日経BPにて、アスプローバ上海法人総経理 藤井賢一郎の記事「ターニングポイントを迎えた日系製造業の中国工場---10年前から中国に進出した工場の現在の悩み」を掲載しました。
会社情報

日経BPにて、アスプローバ上海法人総経理 藤井賢一郎の記事「ターニングポイントを迎えた日系製造業の中国工場---10年前から中国に進出した工場の現在の悩み」を掲載しました。

【 2011年5月31日:更新 】

アスプローバ上海法人総経理 藤井賢一郎が日経BPにて、「ターニングポイントを迎えた日系製造業の中国工場」シリーズ第1回を掲載しました。今後全部5回を掲載する予定です。

日系BPでの掲載記事の詳細はこちら

およそ10年ほど前(当社が中国に進出したのもこの頃になる)の日系製造業の中国工場といえば、日本国内で販売するもの、あるいは他の先進諸国で販売するものを請け負って生産する委託生産というのがごく一般的な生産形態であった。委託生産の初期段階では、資材は日本から無償で提供されることが多く、また生産ラインの歩留まりは決して高いものではなかった。効率よく生産するためのシステムを構築するために訪問しても、システム以前の問題、たとえば生産実績や在庫管理などの情報が整理されていないといった問題を抱えている工場が多く存在した。

 中国でも沿岸部から内陸へ工場を移転させたり、あるいはチャイナリスクを回避するために他の東南アジア諸国に進出したりなどの話題がでて久しいが、工場の"箱"だけを移動させても中身、すなわち生産技術が伴わなければ満足な製品ができないことは明らかである。これまで、委託されたものを生産してきた中国工場は、加工賃の安い外注工場としての役割を果たしてきた。しかし新興国である以上、日本と同等の生産技術や管理レベルは期待できない。したがって、多くの工場でシンプルで原価の安い部品を生産してきたのが現実である。

 さらに日系工場を苦しめてきた原因のもう一つは、中国政府の指導による中国ローカルメーカーからの部材調達義務である。政府からは一定定率での部材調達を求められるものの、日本においては当然である納期や品質を中国ローカルメーカーは守ってくれない。日本の常識が通じなかった。

 しかし、中国のローカルメーカーも単純な加工技術を繰り返していく中で、次第にその生産技術をあげてきた。現在、中国の加工メーカーの中には、日本のサプライヤーが驚くほど品質が高い部品を供給できるものが現れてきており、長い期間にわたっての試行錯誤による生産技術の蓄積があるからだと考えられる。生産技術力さえあれば日本のメーカーを相手にするだけでなく、欧米のメーカーや中国国内のトップ企業を顧客とした取引も可能となる。かつては下請け型のサプライヤーとして生き残りを目指した中国のローカルメーカーの工場は、このようにマルチサプライヤーと変身しつつあるわけだ。

 人口減少により縮小しつつある日本市場とは異なり、中国は13億人の巨大な市場を抱えている。したがって、中国ローカルの製造業の中には、中国以上に労働コストの安いベトナムなどの国に委託生産の工場を作ろうとする傾向がまだ見られない。それなりの製品を模倣してでも作ってしまえばそこそこ売れるからだ。対照的に日系の生産工場は、中国という地で生き残るか、東南アジアやインドといった新しい国に移るかの選択を迫られている。

 当社も日本の製造業と歩むうちに自然に中国市場に進出することとなったが、日系の工場とはいえ主力は中国人に移りつつある。当然、日本と同様のビジネスモデルは成り立たない。しかも、当社が中国市場で新しい販売手法を模索するうちに、この国はモーレツな勢いでその姿を変えていってしまう。追随しきれていないというのが現状だ。同様に、多くの日系工場も、中国内部販売にシフトしようとしているものの、販売網の構築や商習慣の違いなどに戸惑っているのではないかと想像できる。

 ものづくりの観点からすれば、それなりの製品を安く作る知恵が必要である。たとえば、日本のテレビは当初高い品質と機能を備えながらも、韓国や中国の企業に市場を奪われていた。ここにきて、主要部品は別にしてその他パーツは安い外注品を利用し、中国のみで製造することにより価格ダウンを実現しシェアを取り戻している。

 今回は委託生産に始まった日系製造業の中国工場の過去と現状を見てきた。次回は日本国内の工場から最終製品の量産ラインが移管されてきた中国工場の現状を報告する。



→[ お知らせ ]の一覧に戻る